近所の人に感謝

私の両親は91歳と86歳という高齢です。

今のところヘルパーさんなどの手を借りることなく生活できていますが、近所の人に支えられていると感じたことがありました。

実家のお隣さん

両親の家の隣に、何年か前に若いご夫婦が引っ越してきました。

30代のご夫婦で、引っ越してきたときはまだ幼い子どもさんが一人(今は二人)。

子どもが小さく、共稼ぎだそうなので毎日すごく忙しいと思うのですが、このご夫婦が何かと両親を気遣ってくれるそうなのです。

買い物を心配

父は90歳でようやく免許を返納したのですが(運転をやめるようにうるさく言っていた家族一同、やっと安心できました)、車がなくなると困るのが買い物です。

するとお隣の奥さんが「買い物どうされているんですか?」と声をかけてくれ、生協を勧めてくれたそうなのです。

母は生協の人から説明を受け、玄関の中まで商品を運んでくれると知ってお願いすることにしたと言っていました。

実は、父が運転を止めたことでヤレヤレと安心していた私は、買い物のことまでまったく気が回っていなかったのです。

母に聞いてようやく、「そうだ、買い物!」と気が付くありさま。

ちょっと恥ずかしく感じると同時にお隣さんに感謝しました。

おいしいパンをいただいたり、時にはお子さんが遊びに来て走り回ったりと、適度なお付き合いをしているようです。

それで思い出したのが義母のこと。

義母が生前、足腰が弱ってきたころ、近所の男性がゴミ当番の札を回してきました。

もう年なのでできないと答えたところ、そんなことを自分に言われても困る、班長に言えと怒鳴られたそうです(義母はかなり耳が遠くなっていたので、勘違いや誇張があったかもしれませんが)。

それに比べれば、両親はご近所さんに恵まれています。

つきあいが苦手

私はマンション住まいですが、近所の人とは会えば挨拶する程度。

親しいと言える人はいません。

割と規模の大きなマンションなので、顔の知らない人、名前の知らない人が普通にいます。

そしてそれを不思議にも感じない生活です。

近所付き合いというのが苦手なので、これはこれで余計な気を遣わなくて快適なのです。

でも、自分はこんな生活でよくても、高齢の両親はまた別です。

ご近所と多少の交流があると聞くと安心します。勝手なものですね。

両親のことがいくら心配でも、べったり一緒に過ごすわけにいきません。

高齢になると、「遠くの親戚より近くの他人」と言うように、日ごろ関わりのある人とのつながりが暮らしの質を決めのかもしれません。

両親の周りにいる人達には、感謝の言葉しかありません。

両親が近所の人に助けられているのなら、自分も近所のお年寄りに何らかの手助けができるかと言われると、自信がないのですが。

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