栗原はるみさん、夫のいない喪失感に今も苦しむ

朝日新聞に連載中の、栗原はるみさんのインタビュー記事。

夫の玲児さんは、はるみさんの人生に大きな影響を与えた人だとわかります。

「僕の帰りを待つだけの女の人にならないで」と言われて入った料理の道。

「こねないパン」も、初めて作ったときに「なかなかおいしい生地だ」と玲児さんが褒めてくれて、まず100回試作し、さらに本になるまで500回作ったそうです。

料理の感想を求めるだけでなく、2000年に立ち上げた器や調理器具、エプロンなどを提案するブランドの経営も玲児さんでした。

夫を亡くす

はるみさんが好きなミルクティーを、自分は苦手なのに作ってくれたり、仕事で遅くに帰ると「今夜のごはんとても美味しかった love れいじ」と置手紙があったり。

46年連れ添った玲児さんは、肺がんで2019年に亡くなります。

「ありがとう。君と一緒で良い人生だった」としか言わなかった玲児さんですが、いくつも手紙を残していて、それがはるみさんの支えになっているそうです。

そのうちの一つを公開しています

料理研究家の栗原はるみさん。夫を亡くしてからの一年

玲児さんの闘病中、長女の友さんに乳がんが見つかります。

「これまでの人生で、一番の試練でした」と語っています。

「玲児さんに似て」いる友さんは病を乗り越えて、今は啓発活動もしているそうです。

前を向くために

玲児さんを失って抜け殻のようになっていたとき、息子の心平さんに「おやじに依存していたんだね」と言われ、ドキッとしたというはるみさん。

「個」で立って、人生を前向きに歩いていけるようになりたいと考えているそうです。

それでも、一人で寝るのもつらく、深夜は震撼として恐ろしく感じる。

思い出すとつらいので、玲児さんと一緒に使ったものはすべて片づけ、キッチンも改装。

彼が好きだったグラタンやマッシュポテトは作らない。彼がいないことが悔しくて、無性に腹が立つから。

「本心では、仲の良い夫婦に会いたくない。この卑屈な感じが何とも嫌です。元来私は、おおらかで人の幸せを喜ぶ人間なのですが、今は、避けたい。いつか、こんな気持ちに、さよならしたいです」。

あの明るい笑顔の裏で、こんなにもがいているのですね……。

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