子どもに気遣われて感じる自分の年

子どもが大きくなるにつれ、親の立場も微妙に変わっていきます。

今までは一方的に教える、導く、ばかりだったのが、ある日、教えてもらうことが多くなっていることに気が付きます。

若いタレントの名前やスマホの使い方だけではなく、そのうち、生活全般について教えられることが多くなるんだろうな。

教える、教えられるだけではなく、「もう子どもじゃないのだ」と思わされたことがありました。

気をつけて

娘はもう小さな子どもではないのだと思ったのは、高校生くらいのとき。

買い物に行こうとした私に家にいた娘が、「気をつけて行ってきてね」と言ったのです。

今まで、学校や遊びに行く子ども達に、数えきれないほど言ってきた「気をつけて」の言葉。

娘も反抗期のときは必要最低限のことしか言いませんでしたが、そんな時期も過ぎ、ちょっと大人になったころだったのでしょうか。

娘は、今までさんざん言われていた言葉を何気なく口に出しただけかもしれませんが、私はちょっと感慨深かったです。

大げさかもしれませんが、庇護する対象ではなくなったように思いました。

安全運転で

夫の場合は、娘が就職してからのことだそうです。

娘のアパートに車で向かうために二人で家を出ようとしていたとき、まだ大学生だった息子が「安全運転で行ってきてな」と声をかけたのです。

夫は「息子に気遣われるような年になったんだな」としみじみ。

無事、娘の家について過ごし、さあ帰ろうとなったとき今度は娘が、「心配だから家に着いたらメールちょうだい」と言ったのです。

そしてまた、夫はしみじみ。

夫が年を取ってきて長距離の運転が心配だったというのもあるでしょう。

子どもに心配されるのは嬉しいしありがたいと思うと同時に、間違いなく年をとっていっているのだと実感することにもなりますね。

元気でいてくれれば

年を取ることの不安はありますが、どうしたって避けられないもので、ジタバタしつつも老いへと進んでいくしかありません。

そんなときに、子どもが大人になってきたと感じるとちょっと安心できます。

二人とも、まだまだ社会人としてはヒヨッコですが、自分の足で立って歩いてくれていることに感謝です。

二人とも用がなければ連絡してきませんし、こちらからのラインにも最低限の返事しか返ってきません。

はっきり言って、短い返信から暮らしぶりなどは全然わかりません。

まあ生きてるということはわかるので、よしとします。

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